ロバート・ヘルプス (1928 年 - 2001 年)
1947年にコロンビア大学に入学するも、1949年にカリフォルニア大学バークリー校に転学し、1951年に卒業する。ジュリアード音楽院ピアノ科にも籍を置く。だが芸術的成長については学校教育よりも、個人指導を受けたアビー・ホワイトサイドやロジャー・セッションズからの影響が大きかった。セッションズに対する思慕の深さから、その作品をたびたび演奏し、録音にも残した。
1950年代に作曲家として注目を集め、弦楽四重奏曲や最初の交響曲を手懸けている。後者は指揮者レオポルド・ストコフスキーによって初演された。しかし、より重要なのはピアノのための作品群であり、1969年と1976年の2つの協奏曲や、ピアノを含むいくつかの室内楽曲のほか、独奏曲として「3つのオマージュ Three Hommages 」(1972年、第1曲:フォーレ賛、第2曲:ラフマニノフ賛、第3曲:ラヴェル賛)、「夜想曲 Nocturne 」(1973年)、「左手のための音楽 Music for the Left Hand 」(1974年)、「あやかしのワルツ Valse mirage 」(1977年)が名高い。1994年の「シャル・ウィ・ダンス Shall We Dance 」は、ナクソスレーベルに自作自演を残した。
母校バークリーを皮切りに、スタンフォード大学やニューイングランド音楽院、プリンストン大学で教壇に立った。1980年に南フロリダ大学タンパ校に迎えられ、亡くなった時には鍵盤楽器学科の主任教授を務めていた。

(in English)